今日思い出したこと 3選

全部中高の頃の話

1. 紀三井寺駅近くのバス停

通っていた塾が紀三井寺球場の近くにあり、紀三井寺駅からその塾まで向かうために同じく紀三井寺という名のバス停で待っていた。

制服を着ていた記憶があるのでおそらく学校終わりに紀三井寺駅で途中下車してそのバス停を使っていたのだろう。

バスが来るまでいつも10分か20分ほど時間があり、よく近くのローソンでLチキを買ってバス停で食べていた。たまに小さいパフェみたいなのも食べていたが主にLチキだった。

最初はノーマルのやつだけを食べていたが、ある日レジ前にLチキ用のバンズが導入されたのを見つけ、それで挟んで食べたのがめちゃくちゃ美味しかった。少し辛めのホットのLチキがバンズにはよく合った。

このバス停のことは今でもたまに思い出す。秋から冬にかけての肌寒さ。少し暗くなってきた空。学校では禁止されているiPod Touchを、それを隠していた鞄から取り出してイヤホンと共に装着する感覚。

バス停で待っている生徒は常に自分一人だったように思う。他にも紀三井寺で降りてバスでどこかに向かう生徒はいるはずなので実際はそうではないのだろうが、感覚としてそうだったからおそらく記憶の方も勝手に書き変わってしまったのだと思う。

 

2. 冷水浦駅

自分は朝が弱いので学校がある黒江駅をたまに寝過ごしていた。今考えれば和歌山駅から黒江駅までたった10分くらいなのだから起きてりゃいいのだが、その10分だけでもいいから眠りたくて仕方がなかった。

大体周りの人が優しいのでもう一個先の海南駅くらいで起こしてくれるのだが、1,2回ほどそのもう一個先の冷水浦という無人駅まで行ってしまったことがある。

起きた時点でもう寝過ごしたことは気づいており、ただずっと電車に乗っているわけにもいかないから一旦降りる。電車がいってしまった後に見えた向かいのホームがいまだに頭に残っている。そんなに特徴的なわけでもないただの田舎の駅なのだが。

冷水浦は無人駅かつ乗客数も少ないので戻りの電車がくるまで本当にずっと一人だった。大体30分か40分ほど待っていた気がする。実際はもう少し短かったかもしれないが体感としては大体そんなもん。

戻りの電車は向かいのホームから発車するのだが小さい駅だと連絡橋とかもないからどうやってそっちに移るのが本当の正解なのか今でもよく分からない。

海南駅で起きれたらまだ間に合う可能性はあるのだが、冷水浦まで行ってしまうと遅刻確定。うちの学校は遅刻すると遅刻届を出す必要があり、そのタイミングで教師に小言を言われる。怒られるくらいならそのまま学校をサボるほどの胆力は自分にはない。

親に連絡行くほどの遅刻ではなかったが、学期末の成績表に遅刻回数が載っていたので普通にバレた。親からはそんなめっちゃ怒られた記憶はないが、降りる駅を寝過ごして学校に遅刻するのって今考えれば普通に結構変だと思う。ひどいときは一学期に3,4回くらいそれが原因で小さめの遅刻をしていた気がする。

ここら辺の思い出は今となってはどれくらい本当か全く分からない。何の記録も残っていない。全部含めて夢の可能性すらある。

3. 和歌山ラーメン

自分はあまり帰属意識を持たない人間で、なので原風景と呼べるものもそんなにはないのだが、和歌山ラーメンには愛着を感じる。

今はもうどっかに移転してしまったが県立体育館前に和歌山ラーメンの店がありそこが好きだった。有名なのは井出商店というところだが、あそこは常に混んでいるので気軽に食べに行くのは難しかった。

その店に行くうちに段々そちらの方に舌が慣れてきて、自分の中の和歌山ラーメンの正解はそこになっていった。チャーシューが脂身が多めで柔らかくて美味しかった。豚骨醤油でストレート麺。調子がいい日はチャーシュー麺大盛りを頼んでいた。

その店の入り口近くの壁のところに反射で顔が映る柱があり、そこに少し歪んで映る自分の顔を通りざまに横目で見ていたのが記憶に残っている。夏休みの平日、親がいない昼に自転車を漕いでその店に向かった記憶。照りつける日差しとうだるような暑さ。

多分成人式終わりもその店に行った。これもいくつか記憶が混同している気がするが、成人式後の同窓会の2次会で行ったカラオケで同級生の男女がイチャイチャし始めてそれが嫌になって2,3人で抜けてそのラーメン屋に行った気がする。

いや違うか?あんときは自分一人で金だけ置いて帰った気がするからまた別の機会か。まあなんか成人してからも行ったよって話。

東京には美味しいラーメンがたくさんあり、5分歩くだけでもその店よりクオリティが高いところは見つかるが、今後の人生で一個だけラーメン食べられるとなったら自分はそこを選ぶと思う。いやそれは流石に嘘か。5つ選ぶとなったら入るかもって感じ。

和歌山ラーメンの話を書きたくて書き始めたのにいざ書き始めたらなんかあんまいいのでなかった。日曜が終わる。

 

2025年振り返り

2025年を振り返っていく。AIの進歩により自分で一文字一文字書くのがアホくさくなってきているきらいもあるが、それでもやはり文章を書くという作業は楽しいものである。

去年同様トピックごとに振り返っていく。意外と書くことありそうで今年中に書き終わるか心配だ。*結局書き終わらなかったので2025年を今年と表記してたりする。適当に読み替えてください

転居/転職

引っ越しと転職があった一年だった。正確にいうと引っ越しをしたのは去年だが、新しい環境に慣れ始めたのは今年であるためまあカウントしてもいいだろう。

前住んでいたのは高円寺で、そこが嫌になって引っ越しをしたわけではないのでいまだに高円寺を恋しく思う時はある。今でもたまに服を買いに行ったついでに一杯飲んで帰る。高円寺はサブカル的なイメージがあり、そしてそれは間違いではないのだが、自分は街全体に流れている寛容な雰囲気こそが高円寺の良さであると思っている。昼間に酒を飲んでぶらぶらしていても奇異な目で見られない。ただ上野のアメ横のような飲み屋街とかとはまた違い、そのような緩さが日常生活と衝突せずにうまく溶け込んでいるのが不思議な街である。

最近再開発の話が進んでいるのだが、行政側は火災が起きた時に現状だと被害が大きいから再開発は必要だと主張し、市民側はそれは利益優先の再開発を正当化するための方便だと反論している。個人的な印象だが、どうも権力 vs 反権力という構図が先鋭化しているように思う。命が関わる話なのでエビデンスを元にした議論を進めて欲しいものなのだが、調べてもあまり情報が出て来ず、そして自分も都市計画に詳しいわけではないのでよくわからない。まあ上手いことなって欲しいと思う。

今住んでいるところは駅近で、複数沿線へアクセスできるのでかなり住みやすい。ちゃんとしている場所なので、前みたいによくわからん服着てぶらぶらするみたいなことはしづらくなったがそれが大人になるということなのかなとも思う。同棲とかではない。普通に一人暮らし。

あんまベラベラ喋って住所特定とかされても面倒なので転職の話に移ろうかと思う。転職エントリも書こうと思ったが前の会社も新しい会社もそんなに大きな会社じゃないので、いらんこと書いてコミュニティをざわつかせてもよくないなと思いやめておいた。転職をしようと思った理由があり、それを元に転職活動をしたところ条件に合うところが見つかったので移ったという話。

10月くらいに入社した。入社する前に一回オフィスに挨拶行ったら大学の時の友達がいてめちゃくちゃびっくりした。今で大体3ヶ月経つんだが楽しく仕事できている。前まではほぼリモートだったが今は週4-5で出社している。大きな変化だ。最初は死ぬほど眠かったが慣れればまあこんなもんかと思う。20代終わりに差し掛かってくると「今は無理だけど3ヶ月か半年経てば慣れてるだろうな」という長期スパンの捉え方ができるようになってくる。

ただもう一個思ったこととしては、自分はやはり仕事が根本の部分で好きではないなと思う。前の会社も今の会社も、仕事が好きでずっとオフィスいても苦ではないみたいな人がちょこちょこいる。本当にすごいなと思う。

自分は仕事は金を稼ぐためのものとして割り切っており、何をやりたいかと聞かれた時にうまく答えられないことが多い。それは仕事人としての美学の一つではあるが、結局好きで仕事やっている人には勝てないというのもまた事実である。ウェストランドの井口も「与えられたものを120%で返すことに喜びを感じるから何をやりたいとかはない」と言っていた気がする。ただ井口は仕事自体は好きっぽいからちょっと違うか。

仕事を好きな人の何がすごいかというと、100%自分のやりたいことではないことに100%の愛情を向けられるのがすごいなと思う。音楽聴いたり映画見るのは自分が触れたいものを自由に選ぶことができるが、仕事においては100%やりたいことをできることは基本ない。自分はそこの曖昧性を受容するのが苦手なため仕事と私生活を綺麗に分けたくなる。仕事が好きな人はその曖昧性とうまく付き合っているのがよくできるなと思う。

一個目からめちゃくちゃ長くなってしまった。一万文字くらいには収めたいが。

ドバガキ

ドパガキという言葉が爆発的に流行し、すでに定着しつつある。これは主にtiktokなどのショート動画に浸かりドーパミン中毒になってしまったZ世代を指す言葉であり、自分の世代とは対象が少しずれているのだが、この言葉を初めて見た時にこの言葉は自分のためにあるようなものだと感じた。

そもそもこの言葉の初出は、自分の理解では、ミセスグリーンアップルのライラックの展開が多すぎることに対するツイートだったと思う。そして自分はこういう展開が多い音楽が非常に好きなのだ。例えばgreen dayのjesus of suburbiaとかPeople In The Boxの多くの曲などは展開がかなり多く、自分はこういう音楽で育ってきた。単純にテンションが上がる。

思い返せば自分は子供の頃テレビを見ながら宿題をしていたし、受験の時もずっと音楽をかけながら勉強していた。マルチタスクができるというよりはマルチタスクでないと作業ができないタイプなのだ。若干多動っぽいというか注意欠陥の気がある。

そこらへんの諸々を総合した時にやはり自分はドパガキという言葉が生まれる前からドパガキだったんだろうなと思う。この言葉自体は蔑称の意味合いが強いが自分としては自分自身を把握するために便利な言葉だと思う。

最近はドパガキぶりに磨きがかかってきており、コーディングエージェントが動いている少しの待ち時間でもtwitterやインスタを見てしまう。本の読み方も少しずつ変わってきており、文章を一文一文ずつ追うというよりかはページ全体をパッと見てキーワードっぽいとこだけ確認してなんとなくの意味合いを把握するというような読み方をしている気がする。早さの代わりに正確さは間違いなく犠牲になっている。

今のところこれによって具体的な問題が起きたわけではないのでこれでも全然いいやんとは思ってるのだが、「常に何かをしていないと不安」というのはある種の強迫観念ではあり、不要なストレスを生むリスクがそこにある。

強迫観念はだるさを乗り越えるためのきっかけとしてはしばしば機能するのだが、こういうロジックを超えた信念は諸刃の剣であるというのを意識しないといけない。自分はドーパミン中毒ではあるがガキという言葉で許される年齢ではなくなってきている。

旅行

去年は4回ほど海外に行って「今年くらい旅行行くことはもうないだろうな」と思っていたが結局今年も4回ほどになった。まず出張でアブダビに行き、そのあとはイギリス、南米、年末年始にはパリに行ってきた。ちゃんと貯金が犠牲になっている。NISAとiDecoやってるからいいだろうと思っているが流石にやばいかなという気もしてきた。

どれも非常に楽しかった。パリ以外は基本一人旅。イギリスは現地に友達がいて案内してもらうという貴重な体験をできた。英語でのコミュニケーションには慣れてきたが、海外特有の不安や緊張感はまだ抜けない。ただそれ自体が一人旅の醍醐味でもある。お手軽なスリル。

エクアドルのキトはさすがに少し怖かったか。昼間でもひったくりがあるという話を事前に聞いていたりしたのであまり自由に観光はできなかった。ここら辺、南米とかアフリカ回っている旅youtuberの人たちはやはり頭のネジが一個外れてるなと思う。全然関係ないけどエジプトにJTBのツアーで行った人のVlogyoutube上で人気があるのを見かけ、そこのコメント欄に「旅行系のVlogは旅に慣れている人向けのものばかりなのでこういうパッケージツアーの動画があるとありがたい」と書いてあったのを見てハッとしたのを今思い出した。自分も今年Vlogを作ったりしていたが果たしてパッケージツアーをVlogにするという発想があっただろうかと思う。知らず知らずのうちにVlogは旅行に慣れている人が他の慣れている人に向けて作るものというバイアスがあった。

話がそれた。どこも良かったが特に良かったところをピンポイントで選ぶのであれば南米旅行で行ったガラパゴス諸島シュノーケリングツアー、あとマチュピチュになるかと思う。どちらもそこでしか見れない光景が見られて非常に良かった。イギリスとパリも天気が良かったりいろんな人と会えて良かった。

行ってみたいところは大体行ってしまったのでもうあまり一人旅で行きたいところはないかもしれない。スペインとスリランカくらいかな。スペイン行くのはまあ金かかりそうなので来年再来年は一人旅行くとしてもアジアくらいにしておこうと思う。

忘年会失敗

去年サークルの後輩が忘年会を企画してくれてそれが楽しかったので今年は自分がサークルのOB/OGの忘年会を企画したんだがこれがあまりうまくいかなかった。自分が上の人と話したかったので上3つから下2つまでを集めたLINEグループを作って日程調整したんだがあまり投票してくれずの状態が最後まで続いてしまった。

どうも3年上の人と自分以下の人たちの間で交流があまりなかったため気が引けてしまったらしい。自分が3年上の人たちのことが好きなのでそこの可能性に思い当たらなかった。これは失敗だった。

投票が集まらない2週間本当に恥ずかしさとやっちまった〜という気持ちで頭がいっぱいだった。久しぶりにこんな感覚になった。強がりみたいになるがすごい良い経験になったと思う。最近なんでも自分の思う通りになると思っていたのではと身につまされた。

最終的には8人ほど人が集まってくれてそれがすごく楽しかったので結果オーライだと思いたい。また来年も何かしらの形でできると良いですね。

コンテンツ

今年も色々とコンテンツを消費した。最近はあまり前ほど音楽を聞かなくなったように思う。代わりにラジオを聴いたりyoutubeを垂れ流したりしている。ぽこぴーのゆめうつつがpodcastで始まったのもデカかった。視聴者の需要を掴むのが本当にうまい。今年は映画館で映画をよくみた年であったように思う。そんなめっちゃ行ったわけでもないが。ジャンルごとに振り返っていく。

音楽

先ほども言ったがあまり音楽を聞かなくなった。仕事中とかはずっとイヤホンをしているので量自体は聞いてはいるんだが前みたいに音楽単体にめちゃくちゃくらうことが少なくなったように思う。mom, glansみたいに2024年も聞いていたものをずっと聞いている。

2025年に聞いた中ではtexas 3000, geordie greepが良かった。geordie greepはholy, holyのライブバージョンがyoutubeに上がっており、その中でも二人ギターのものがめちゃくちゃ良かった。texas 3000は4月ほどに主催のライブを見にいってそれがめちゃくちゃかっこよかった。曲やパフォーマンスがいいのはもちろん三人の組み合わせがそれぞれキャラが立っててすごく良いと思った。

今年はフジロック行かなかった分単体のライブに行くことが多かったように思う。渋谷quattroのライブに何回か行った。そのうちの一回でglansを見た。あれくらいの小さな箱は当日でも券が残っているし、スッと行ってスッとかえりやすいからありがたい。あとは東京ドームでoasisを見た。これは非常によかった。東京ドームは音が聞こえづらいという話もあったが実際行ってみたらめちゃくちゃ聞きやすかった。リアムの声も絶好調だった。特にノエルは金を稼ぐためと割り切ってoasisをやっている感じがあり、自分はそのスタンスが割と好きである。

あとはyoutubeでアイドル系をちょこちょこみたりした。とき宣とかcandy tuneとか。

映画

色々みたのでよかったのを抜粋する。

ウィキッド、ダゲール街の人々、教皇選挙、国宝、ひゃくえむ、チョコレートドーナツがよかった。

今年はウィキッドとか国宝とか売れているものが真っ直ぐ刺さった年だった。ひゃくえむが注目されていることで前作の「音楽」も注目され、そんでなんか全然面白くないと馬鹿にされているのが本当にムカつく。めちゃくちゃいい映画だと思うんだけども。最初の合わせのシーンとかめちゃくちゃいいじゃんね。チェーンソーマンレぜ編も非常によかった。チェーンソーマン1部は全体を通して「自分だけがわかっていると全員に思わせることができる」作品であるように思う。昔の松本人志

ゲーム

SANABIがとにかくよかった。爽快感のあるアクションと怒涛の伏線回収。ドンキーコングバナンザも非常によかった。slay the spireやouter wildsも非常にいいんだがこれはまだクリアまで行けていない。slay the spireはサイレントで心臓倒せたら終わろうと思っていて、これはもうちょいなんだがouter wildsはもうこれやらないんじゃないかという気がしてきている。若干詰まってきていて、多分攻略サイト見たらいけるんだが攻略サイト見てしまったら面白さや魅力が半減なのでじゃあもういいかなという気持ちになってきてしまった。2026年はGTA6が発売されるそうなのでそれに備えようかなと思う。

お笑い

とにかくネタを見なくなったなと思う。元々ライブにそんな行く方ではないんだが、テレビでネタ番組が減ったということもあり、本当に見なくなった。M1の3回戦とか準々決勝のやつを見るのと、たまに上がっているやつで面白そうなやつや話題になっているやつを見るくらい。それもほぼ記憶に残っていない。サークルの先輩後輩がやっているライブはたまに見に行くが来年はもうちょい幅広くネタ見たいよなと思う。

バラエティ番組とかはちょこちょこ見るのでその中で良かったものを上げていこうと思う。

シュシュっとごくろうさん、有吉クイズのメモドライブ、ひっかかりニーチェ、しんいちZAZYの本当は喋りたくないの田津原ゲスト回、芸人キャノンボール、マルコポロリ(大阪33期SP)、ガッツ100%の三周年LIVE、チャンスの時間

らへんがよかった。

チャンスの時間、シュシュっとごくろうさんとマルコポロリは確変に入っている。本日はダイアンなりも毎週安心してみれてよかったんだが15分に戻っちゃうようで残念。

ダウンタウンプラスが始まったのもビッグニュースだった。自分は松本人志信者なので最後を看取る気持ちで年間プランに課金した。最初は面白い企画が続いてええやんと思ったが最近は明らかに失速していてダメやんってなっている。ええから黙ってガキ使の過去アーカイブ全部配信せえやと思う。まあ権利とか色々難しいんだろうが。雷獣とかたまにみていると松本人志関連で演者側と視聴者側の受容の仕方に明らかに差があって興味深い。雷獣見ている人たちの属性がいまだに掴みきれていない。あんまいうとよくない言葉が出てきそうなのでやめておこう。

人には言えないようなコンテンツ

人には言いづらいようなコンテンツも見ている。ちなみにエロとかグロとかではない。そちらの方がむしろ言いやすいまである。

例えば「就活なにもしてない」というアカウントを見ている。こんなのを見ているのは本当に良くないが面白い。いわゆる社不系コンテンツなんだが、起きるイベントの頻度やインパクトが他とは比べ物にならない。派遣先の女性を好きになってDM何度も送った挙句向こうに婚約者がいるとわかってそのDMをtwitterに晒してそれが向こうにバレるというレベルの話がバンバン起きる。おまけにyoutubeとかで配信も始めて毎回リスナーとの通話でボコボコに説教されてるのにまた何日か経ったらその説教全て忘れてゼロから配信をしている。

「作家がいる」とか「全部嘘」と主張する人たちもいて、自分も流石に釣り臭いなと思う時もあるのだが、ただ全部が全部演出ってこともないと思うんだよな。youtubeで配信始める1年前くらいから新卒で入った会社1日で辞めたりして話題になったりしていて、全部演出だとしてこんな長期スパンでやるのかなあとは思う。しかもyoutubeの配信は顔出ししてないとはいえ声は出してたり部屋も映してたりして、youtubeやXで小銭稼ぎするためにここまでリスク取るのコスパ悪くないかとも思う。多分全部嘘でも全部本当でもなくて、そこの揺らぎが一つの魅力なんだろうなと思う。

 

もう一個見て感銘を受けたのが全学連内ゲバに関しての告発記事。トラッキングされたりするのも面倒なのでリンクは貼らないでおくが、これは名文だった。

経緯が非常にややこしい話なんだが、元々全学連の中の人たち同士で結婚した夫婦がいて、ある時その夫婦関係が拗れて、女性の方がその時精神状態が不安定だったのもあり、男の方を女性差別者として告発したんですよね。そんで上層部が判断した結果その男の方を除名するという決断に至ったわけなんだが、女性の方もいっときの気持ちの勢いでもあったし、そもそも除名までさせるつもりではなかったからその処分は不当であるという申し立てをして、結果中核派で内紛が起こっているという話。

そこら辺の事情を本人が詳しく書いたのがその告発記事で、読みたい人はその全学連のトップの夫婦の名前でググってみてもらえれば読めると思う。この記事は筆致がとにかく中核派っぽいというか共産党っぽいというか、読みやすさより共産主義的なロジックを優先させるタイプの書き方なので非常に読みづらい。ただその読みづらい文章に食らいついていけば、勢いで告発しちゃったものの若干の後悔もあるんだろうなとかまだ相手のこと好きなんだろうなみたいなクソデカ感情が浮かび上がってくる。論理と激情がぶつかり合っている。奇文であり名文であると思う。

まあこんな形で外部から消費されるのも本人は嫌だろうと思うが自分は普通に文学として良い文章だなと思った。人におすすめはしづらいが。

 

コンプレックス

20代ももう終わろうとしているのにいまだにさまざまなコンプレックスに囚われ続けている。

自撮りには毎回緊張感が走るし、猫背やストレートネックも気になる。この世に生み出される全ての美容用語の「よくない側」に自分が位置しているように感じる。

字が下手なのも嫌だし落ち着きがなくて貧乏ゆすりが止まらないのも嫌。人と10分話していると一回は言わなくていい余計なことを言ってしまうのも嫌。喋り始める時の音量調整が下手なのも嫌。

この「嫌」というのは多義的な意味合いを持っている。メタ認知的に自分を見た時にここは直した方がいいよなと思うタイプの「嫌」と、そもそも自分がそんな特徴を持っていることから反射的に目を背けたくなるような「嫌」が混ざっている。

病んでるとかではないんだが、目にみえる実績がない部分で自分を褒めるのが苦手だ。今はまだ問題に対処できる元気があるが、多分中年になったらもう対応できなくなって太って禿げていくんだろうなと思う。ひたすら嫌だな〜と思いながら太って禿げていく。

ただ自分では気づいていないだけで以前抱えていたコンプレックスが知らぬ間に解消されていることもあるのだろうと思う。喉元過ぎれば熱さ忘れる的な。この文章も10年後見返して「なんか暗いこと言ってんな〜」と思うようになれればいいなと思う。実際修士の頃書いていたブログを最近見返して死ぬほど暗くてびっくりしたことがある。まあそもそも日々の病んだタイミングで書いてたものではあったが。もうちょい明るかったと思っていたが、過去をきちんと覚えられていることなんて基本ないんだろうな。

家族

姉が二人いるのだがそれぞれに子供が産まれてめでたい年だった。ここ数年は家族仲が良くなっている。別に元々悪かったわけではないが。姉二人が親になり、自分も就職して生活が安定してきたことで両親も肩の荷が降りたのだろう。少し嘘くささすら感じるほど家族仲が良い。

最近は今のうちに両親に聞いておきたいことは何かあったりしないかと折に触れて考える。よくある話として、両親が亡くなった後にあれも聞いておけばよかった、これも聞いておけばよかったとなるそうだ。聞きたいことなど挙げようと思えば無限にあるが、どうしても聞いておかなくてはいけないこととなると難しい。自分から喋らないことをこちらから無理くり聞くのも下品であるように感じる。「それについて話さなかった」という事実自体がそのトピックに対する結論である場合もあるのだろうと思う。

果たして新しく産まれてきた姪たちは自分のことをどのような存在と捉えていくのだろうか。正直自分の方は子供の頃叔父や叔母にあった記憶がはっきり残っているわけではないのだが、一度くれたカエルのおもちゃなどはいまだに記憶に残っている。東京に住んでいるということもあり身近な存在としては感じられないだろうが記憶の端っこにしがみついてはいたいものである。これは甥姪関係なく全ての人に対して思う。

 


 

長くなってしまったがこんな感じである。去年も最後に恋愛の話をしたので今年もここですることにする。ここまで長大な文章を読んだ若しくはスクロールしてくれた感謝も込めて。

端的にいうと去年ここで付き合ったと報告した人とは3ヶ月ほどで別れてしまい、その後付き合った人と今で9ヶ月ほどになる。前の人には完全にこちら側の原因で振られた。その時は自分の人間性に対してかなり嫌気がさしてそれは今でも残っている。自分自身というモンスターとどう向き合っていくかが大事である。

その失敗も踏まえて今の人とは割とうまくやれていると、完全に主観だが感じている。パリに行ったのもその人とで、喧嘩もなく楽しく過ごせた。だが調子に乗らないように常に心がけている。謙虚に、謙虚に、今あるものをありがたいと思おうと反芻する毎日。「よく」ありたいと願っている。「よさ」の定義は日々遷移し続けるがその流動性も込みで自分自身を微調整し続けるしかないのだ。アップデートみたいな使い古された言葉を今更使いたくはないがやはりそういうことなのだと思う。

2026年はフルで20代を過ごせる最後の年になる。年の終わりに20代を総括できるよう棚卸しを進めていこうと思う。ちゃんと月末までに経費精算済ませておかないとバックオフィスの人に後で怒られてしまうのだ。

 

今まで作ったVlogを一本も動画を載せずに振り返ろう

去年の夏からしばしばVlogを作っている。これまでで6本ほど作ったのだが最近行き詰まりを感じてきている。作ること自体は楽しいのだがどうも陳腐さから抜け出せない。今までのVlogを振り返ることでそこから抜け出す糸口を見出せればと思う。恥ずかしいので動画は載せない。

1本目 タイ/バンコク

多分誰も知らないと思うがemerald sullivanのsweet travelsという動画を見てVlogを作りたいと思った。Vlogってよくあるのは現地で撮影した動画に字幕とか店の情報とか入れてプラスアルファでナレーション重ねて解説していくみたいな感じだと思うんだが、この動画は字幕とか一切なしでBGMもアンビエントとか使っててとにかくおしゃれで芸術性が高く感じた。

衝撃を受けたタイミングでちょうどタイのバンコクに出張に行く機会があったので、空いた時間の観光でとった動画を元に作ってみた。動画編集をよくやっている後輩にDavinci resolveがいいと聞いてみよう見真似で編集した。

VlogというよりかはほぼMVみたいな感じでひとひらの「つくる」に合わせて映像組み合わせたものを流しただけなんだが、初めて作った割にはよくできてるなと思う。初めてつくるから恥ずかしげもなくできる小手先のテクニックがちょこちょこ入っていて、電車がゆっくりやってきてそのまますぎていく映像を細切りにしてところどころで挟み込むことでだんだん終わりに向かっていってる感を出そうとしている。ちょこざいな。出張が学会(国際会議)だったんだがそこの映像が入っているのも良い。ただの観光の映像だけじゃない要素が入っていると独自性がでていいですね。

3分くらいだったのもあり思ったより簡単に作れるた。これは楽しいなとなってここをきっかけにちょこちょこ作っていくことになる。ただ前述した通りかっこいい音楽に断片的に映像を載せていけば誰でもいい感じというかエモい感じになるのでその先を考えたいよなとは思っていた。

2本目 20240827

バンコクVlogがうまく行ったことに気を良くしたのかその2週間後くらいにまた作っている。ただこの日は今でも覚えているくらい2024年の中で一番メンタルが終わっていて、その結果病みVlogになっている。なんなら病んでる自分に酔ってる。ただ今振り返ってみてみるとそれはそれで感情が出ていて良いと思う。人と飯を食った話をしたり、好きな子から返信が返ってこない話をしたり富江の展覧会に一人で行った話をしたりしていた。ただ声は入れてなくて字幕だけ。

Vavaの凍京をBGMに使っていて、結局これもMVみたいなもんなんだが一個目から差分出そうといろいろ試しているところが見て取れる。google mapの経路載せてどこからどこに移動しているのか見せてみたり、字幕つけてみたり。

字幕に関してはいい付け方がわからんかったのとなんか変なことしたいなと思ってvimでテキストを編集している様の動画をそのまま映像でキャプチャして貼り付けている。書き間違えたのを消して書き直したりしてるのでまあ読みづらく、あと「あえてやってます」感あってキモくはあるがまあこれくらいの自我は許してやるかと思う。

自分はこの動画が結構好きで、編集の上手い下手ではなく、繰り返しになるがやはり感情が出ているのがいい。Vlogは本来日記のような私的なものであって、特に僕は人に見せるためにやっているわけでもないのだからこれくらい情けない方がいいよなと思う。

3本目 Egypt-Turkey

驚きなのだがここから一ヶ月でまた作っている。ちゃんとはまっている。この年は馬鹿みたいに学会に行った年で、学会でギリシャ行ったついでに観光でエジプトとトルコに行ったのでそのVlogを作った。

特徴としては7分という今までに比べると少し長めとなっている点で、MV形式で映像繋ぎ合わせたのだと7分ずっとみていると疲れるので緩急つけようとしている。あと今までみたいに版権もののBGM使うとどっかに公開する時に面倒だなと思い著作権フリーの音源を使っている。確かyoutubeにも一応挙げているが誰もみていない。そもそもなんであげたんだっけ?

この動画では字幕はちゃんとしたやつ(フォントはダサいけど)使ってたり、どこに行ったかの補足情報もちゃんと載せていたりするんだがそれでも7分はちょっと長いなと感じる。冗長に感じた部分としては今何をしているのかとかこのカットで何を見せたいのかが不明瞭なところがあった。もちろん全部決めた上で映像撮るわけじゃないので撮る段階でそこまで考えることは無理なんだが後の編集で字幕入れるなりなんなりして対処できたのではと思う。

でもまあ頑張ってはいると思う。特にカッパドキアらへんは絵力がめちゃくちゃ強いのを殺さずによく見せられている。今まで作った二つは音楽がかなり前面に出ていたが、これは映像が前面に出ており、その点で今までと違うものを作ろうとしていたのだと思う。BGMも頑張って選んだだけあってフリー音源の割にはいい感じ。ちゃんと選べばいいのはある。

あとそれまでの二つは縦と横が混じっていたがこれは縦に統一している。一回やるだけやってみた。撮るのは楽だがVlogは横という印象もありそこの変さはある。

4本目 202503-05

ほんで急に半年あく。特に理由があるわけではない。ただただなんか空いた。

これは1個目2個目と同じ感じくMV形式で3月から5月で撮り溜めした映像を詰め込んでいる。新しいことは何もしていないが見返してみると割と見応えがある。三ヶ月分のイベントが溜まっているので絵がわりが多くて楽しい。

もう一つの違いとしては知り合いが多く映っている。Vlogを始めてから素材を集めることに意識が行き始めて人と会った時の映像を多く撮るようになったからだと思う。ただ自分の映像は全く使っていない。自分の映像を見るのが嫌なので。卑劣な男。

Paris TexasのRed Eyes & Blue HeartsをBGMに使った。このBGMがメロウかつ緩急あって非常に使いやすかった。

5本目 UK

6月にイギリスに一週間ほどかけていってきたのでそのVlogを作った。今まで作った動画の中では一番長い15分。今までは旅行の概要をまとめている感じだったのだが、この動画では1日ずつ流れを追って載せていく感じにしてみた結果長くなった。

これにはいい面と悪い面が混じっている。まずいい面としては、最初から最後まで流れを追うようにしたことで、見返した時に動画の最初の方ではワクワクが蘇ってくるし、最後の方ではもう旅行が終わるという寂寥感が喚起される。あと長くなったことで細かい思い出を字幕などで補足できるようになった。意外とこういうディティールが旅行の本質だったりする。

悪い面としては長ければ長いほど見ててどんどん飽きてくる点。そもそも僕は人のVlogも20分以上になるとほぼ全部見ていない。ガンガン飛ばしながら見る。そんで自分のやつであっても大概飽きてくる。時系列通りに提示するのは必ずしも起承転結とは噛み合わないため中弛みが生まれてくるのだと思う。個人的な感覚だが10分超えたら何かしらの構成が必要になってくるように思える。ただVlogってそういう肩肘張ったもんじゃないからそこの噛み合わせが難しい。

あともう一点動画作ってて思ったのは字幕への情報の詰めかたが難しいなと思った。一般的には動画の字幕は1秒5~7文字がいいとされており、自分も大体そんな感じだなとは思う。ただそれで何か情報を伝えるのって非常に難しい。1ツイート分情報を伝えるのに最低でも20秒、下手したら30秒使わないといけないのだ。ここら辺が文字ベースのブログとの一番大きな違いで、自分がおもろいと思ったことを文脈含めて綺麗に伝えるのが不可能に近い。なのでふわっとした感想のみになってしまう。「よかった」とか「微妙」とか。

この動画自体はまあ見られるものになっているとは思うのだが、上に挙げたような問題点があり、そして結局1日ごとに分けたとはいえMVの繋ぎ合わせ感は残り続けていてどうしようかなと感じていた。そんな中で8月くらいにサークルの後輩と北海道に行き、その後輩がそこで撮った動画繋ぎ合わせてVlog作ったんだが、それがかなり良くて参考になった。編集自体は凝ったものではなかったんだが、僕の作っていたものと決定的に違ったのは何気ない会話のシーンとかもまんま載せているところだった。やっぱり人が喋っている姿や声の「思い出」感は飛び抜けている。多少長くても見ていられる。

もちろん僕もyoutuberが作っているようなVlogはちょこちょこ見ていて、みんな一人喋りしていることなどはわかっていたのだが、自分の声とか喋りがあんま好きじゃないので無意識にそこから目を背けていた。なので次のVlogでは少なくとも一人喋りに挑戦してみようと思ってとったのが次の動画である。

ちなみにであるがこのUKのVlogではMen I trust - All My candles, Libertines - Vertigo, Beatles - Come Together, Blur - You're so greatを使った。UKで統一したかったんだがMen I trustをどうしても使いたくなっちゃって一個だけ違うっていう一番変な形になった。

6本目 南米(前編)

以上の経緯を受けて作ったのがこの6本目となる。転職するタイミングがあり(これについてはまた別で書く)、有休消化期間中に2週間ほど南米に行ったのでついでにVlog作るかと色々動画撮って編集してみた。今回は横画面で統一した。

これまでの5本とは違いがっつりナレーションを入れてみた。今までの中で最もいわゆる旅行Vlogっぽい感じになっている。元々動画撮る際に一人喋りしてみたんだが後から見返したらボソボソ喋りで何いってるかよくわかんなかったから大半収録し直した。Vlog撮ってる人らって結構腹から声出して喋ってんだなと思った。

今のところ最初に一週間ガラパゴス諸島に行ったところまで前編として作っている。綺麗な素材が多いので映像としてはみれるんだがどうもつまらんなと感じる。なんなんだろう。寄せれば寄せるほどつまらなくなる。

ナレーションがどうも嘘くさいんだよな。他の人が見るとそうでもないのかもしれんが自分で見るとなんかどうもまともぶってる感じがする。声が入っているだけで、北海道で後輩が作っていたVlogでの会話の自然さとは大きくかけ離れている。

自分で言うのもなんだが僕はこのブログで書いてた旅行記が結構好きで、そこでは僕のお得意の冷笑や全てをわかったような物言いが存分に発揮されているんだが、動画の方はどうもいい人ぶって没個性になってしまっている。他人と違うものを作りたいってわけではないんだが他人の皮を被ったものは作っててもあんま満足しない。

ただVlogにおいて「ここは微妙だった」みたいなことを言うのってテキストに比べてなんか生々しさがあるんだよな。それもあっていいところしかいえなくなっている。多分媒体自体に本質的な違いがあると言うよりは文化の違いかなと思っていて、ネットにおけるテキスト文化は批判や文句が溢れているので多少書いても嫌な感じにならないが、Vlog文化ってよかったところだけ載せればいいじゃんってノリで、嫌だったところとかの話がそもそもあんま載ってないように思う。あくまで印象なので全然違うかもなんだが。ブログはTwitterVlogはインスタ。

なのでスリみたいな絶対的な悪についての文句は見るが「美味しくなかった」とか「つまらなかった」みたいな主観が入る文句をあまりみない。自分は結構そう言う話も好きなので載せていきたくはあるが載せなくてもいいやんというのは本当おっしゃる通りだなとも思う。

あと「喋りながら動画や画像を見せる」というタイプのプレゼンテーションをするときに自分の経験上どうしても研究発表っぽくなってしまうきらいがある。テンポの良さを重視してしまうというか。前も言った通り自分は他の人のVlog見るときガンガン飛ばしながら見はするのだが、そこの冗長さこそがVlogというものの本質な気はする。

まあでもそれって冗長でも画が持つくらい顔が可愛かったり、ずっと聞いてられるくらい話がおもろかったりするからなのかなとも思う。最初に衝撃受けたやつも結局めちゃくちゃ美人だったし。ただただ冗長でもつまらないだけだし動画としてまとめる意味がなくなってくる。

取り留めもなく書いてしまったが、なんとなく方向性は見えてきた気はしている。今回作った動画は情報を伝えるためのメディアとしては成り立っているんだが、そのために僕の一人称から少し視点を外してしまっているのが自分で気に入らないのかなと思う。今回BGMはAI生成させたんだが、それもあんま良くなくて、環境音楽みたいなそれっぽいだけのものになってしまっている。これはAIだからとかは関係なくて僕のキュレーションの問題なんだが、もうちょいエモいものにしたさがある。

なので後編作る時はあまり寄せることを意識しすぎずにもうちょい好きに作れればと思う。まあそもそもこんなごちゃごちゃ書くほどのことでもなくて、一回試しに寄せて作ってみるかと思ってやってみただけなのになんか自分の中での拒否反応が大きかったな。ごちゃごちゃ考えるのが好きなだけ。

 


 

ここからは完全に蛇足なんだが、最近見たツイートで「見た目いい人が自撮りで日常生活映す系のVlog増えたのはミスiDなくなってあぶれた人たちがそっちに流れ込んだから」というのがなんかすごく印象に残っている。

そこらへんの因果関係自体正しいかどうかはどうでもいいが、ミスiDが開催されていた当時あれなんなん?って思っていたのが一気に解像度上がった気がする。10代後半~20代前半女子でただ可愛いだけじゃなくて世の中に対して斜めな視点(ただ斜めすぎない)を持っている人たちって需給共にずっとあるんだろうなと思う。ど真ん中サブカル。ファッション、カメラとかのサブカル周りとVlogが相性がいいと言うのもありそう。まあ一枚岩ではないが。

さらに蛇足かつ全然言う必要もないのでここは後で消すかもなんだが、僕はそういう系だと「はなのにちようび」の動画の雰囲気が好きだったんだが、大学を辞めたらへんのタイミングで完全に興味を失ってしまった。これがなんなのか自分もあまりはっきりとはわかっていない。本人におけるチャンネルの商業的な意味合いが強くなっていきそうなのが嫌だったのかもしれないし、女子大生っていう素人感に価値を感じていたのがそれがなくなってしまって興味が薄れただけという最悪な理由によるものかもしれない。

正直男のVlogは好きな芸人・タレントのものもしくは旅行先の情報収集に役立ちそうなものしか見ないのに女のVlogは知らん人のものでもちょっと可愛かったら見てしまうことがある。Vlogのエモを言い訳にしてるだけで結局可愛い子を見たいだけなのでは?まあそれでもいいっちゃいいんだが結局自分が何が好きで何が作りたいのかくらいははっきり把握しとかんとなとは思う。

 

 

 

キハダマグロ飯ランキング

サークルの後輩のお父さんがキハダマグロを釣ったらしくマグロのでかいブロックをいくつかもらった。何種類か料理を作ったのでランキング形式で紹介していく。そんなことするくらい暇。人間暇になると作った料理を紹介しだすんですね。

残念ながらでかいブロックの写真は撮り忘れてしまった。それだけ撮っておけばあとは撮らんでもいいくらいなのに。

5位 マグロとアボカドのポケ

漬けでなんか作りたいなと思って作ったんだが思ったほど美味しくならなかった。アボカドはすごく美味しかったんだが味付けが悪かったのかどうもマグロとアボカドが噛み合っていないように感じて残念だった。ポケを作ろうと思いついた時は自分の見識の広さにご満悦だったのに。でもレシピ通りにやったはずなのでそもそもポケというものがあまり好きでないのかもしれない。

4位 マグロの漬け丼

ポケに失敗したので漬けのリベンジしたいなと思って漬け丼を作ったらこれも失敗よりだった。最初一口食べた時は美味しかったんだが途中から凄まじい勢いで飽きていった。ご飯の量の割にマグロを載せすぎて途中から漬けマグロ単体で食わざるを得なくなったのもよくなかった。卵との相性もなんか良くなかった。卵なんて何にかけても美味しいはずなんだが。一回卵焼きにして切ってかけたりした方が良かったのかもしれない。僕が丼飯が好きだから4位になったが本当はポケが4位でこれが5位だと思う。ガラスの天井。

3位 マグロの角煮

ここまで書いて気づいたんだけど全部マグロの料理に決まってるので「マグロの〇〇」ってわざわざ書く必要ないんだよな。まあいいや。日持ちするやつ作ろうと思って角煮を作った。これは普通に美味しかった。赤身で脂身が少ないので淡白な味わいではあり、米と合わせて食った時はそんなでもないなと思ったが、netflixみる時になんかつまむもん欲しいなと思って日本酒と合わせて食ったらすごくよかった。冷蔵庫に2日ほど入れてたんだが煮汁と角煮がちょうどいい感じに絡んでいて美味しかった。これはマグロに限らず角煮系を作る時に覚えておきたいと思う。

2位 ネギトロ

 

ネギトロに関してはすでにトロが名前に入っているのでマグロの〇〇とは書かなくていい。でも赤身だからトロではないんだよな。赤身のネギトロって書いた方が正しいのか。どうでもいいが。

これはかなり作るのが楽でかつ美味しかった。トロのような脂身がない分マヨネーズを入れるらしく、それがすごくマッチしていた。これは普通にまたスーパーとかでマグロ買って作るかもしれない。下手したらトロで作るより赤身にマヨネーズ入れて作った方が美味いんじゃないかと思う。結局マヨネーズみたいなところある。僕は目玉焼きにマヨネーズかけて食うんだがそれをいうとどっちも卵じゃんって言われる。どっちも卵でも別にいいだろ。

1位 マグロの照り焼き

これは非常に美味しかった。まず見た目が美味しそう。照り焼きタレにニンニクをしっかり目に入れて焼いたんだが、ニンニクのパンチの強さが赤身の肉肉しさとガッチリ噛み合っていて非常によかった。釣ってからそんなに日にちが経っていないのもあって新鮮だったのがよかったと思われる。東南アジアの現地の食堂入って適当に注文したらなんかうまいものが出てきたみたいな素朴さがある。素材の味が生きていた。米をばくばく食べた。

 

以上です。僕は元気にやっています。皆さんも元気にやってくださいね。

2024振り返り

去年まではコンテンツを中心に振り返ってきたが最近はthreadsの方で触れたコンテンツをまとめるようにしているのでここでまとめる必要がなくなってきている。なので今年はもう少し感じたことベースでいくつかのトピックを対象に書いていこうと思う。

賞レース

今年は知り合いがお笑いの賞レースでいいとこまで行くことが多い年だった。M-1で準々決勝行ったりキングオブコントで準決勝行ったりTheWに関しては最終決戦まで残ったり。まあM-1キングオブコントに関してはここからが大変なところなのだろうが。

知り合いが賞レースで勝って賞賛されているのは嬉しいと同時に羨ましいなと思う。The Wの忠犬立の一本目は単独で見た時あんまだなと思ったのもあり自分のズレも感じざるを得ない。自分はお笑いサークルに入っていたがプロになるつもりは全くなかった。お笑いで戦うのは好きではないし戦っても勝てはしないだろうと思う。あと「大学まで行ってお笑い」と言う気持ちがある。本人の生き方だけの話ではなく、他の人の枠を一つ奪ってその大学に入ったということがあるので、その功罪の整理が自分の中でつけられていない。

まあでもそれは嫉妬心にロジックをつけているだけなのかもしれない。自分がお笑いを大学院卒業とともに辞めたことに関する後悔は全くないがそれでも他の人が自分がやらなかった場、できなかった場で活躍しているのを見ると嫉妬に似た感情は湧き上がってしまう。

ただ自分はこういうネガティブな感情を前向きなものに繋げていくのが割と得意な人間だとは思っている。自分が選んだ道である以上他の人に負けないように自分で進んでいくしかない。「大学まで行ってお笑い」という思いを消すことは難しいが、茂木健一郎がクイズノックを批判しているみたいなダサいことにはなりたくないのでうまいこと折り合いをつけられればと思う。

旅行

今年も海外旅行によく行った年だった。去年は仕事でやることがなかったので研究をちょこちょこやっておりそれが今年たまたま学会に通ったので国際会議で2回海外に行った。あとは友達とハワイに行き、自分一人でバヌアツとニュージーランドに行った。そんなに普段金を使わんのでこういう時にまとめて使ってしまう。

自分は大概飽き性でしかも最近はそれが加速しており、今年始めたボルダリングVlogももうほぼやらなくなってしまったが、海外旅行は全く飽きる気配がない。自分で全部決めて手配して現地でそのプランを状況に合わせて修正していくというその一連の流れがすごく好きなのだと思う。常に不安と隣り合わせではあるがその状態が自分の力で生きているという感覚と結びついて楽しい。まあもう行きたいところもそんなになくなってきたのでこのペースでいけば来年か再来年くらいでもう海外旅行はええかとなる気もするのだがそれまでは一人でも複数人でも行って楽しめればと思う。

今年行ったところとしてはバヌアツとニュージーランド、トルコのカッパドキアが特に良かった。バヌアツはツリーハウスに泊まり、設備は何も整っていなかったがその分現地の人と密に交流が持ててすごく楽しかった。ニュージーランドカッパドキアは単純に景色がすごくよかった。

体のメンテナンス

アプリで会った女の子に「部屋と肌が汚い」と言われて振られて以降スキンケアに気を使うようになったのだが、それと合わせて体のケアを行うようになった。本格的にアラサーって感じ。ボルダリングに行ったのもその一環ではあるし、ヒゲ脱毛も始めた。タイに行って以降は月一くらいでマッサージにもいくようになり、最近では風呂に入った後に柔軟体操なんかもしている。ランニングも2年ほど前からずっと続けている。

あとは酒を飲む量を減らそうとずっと頑張っている。一回に飲む量を減らすのは無理なのでペースを減らそうと考えており、大体週2くらいまでにとどめようと目標を立てている。まあ人と飯を食う機会があれば酒を飲んでしまうので特にこの時期は週2ペースはほぼ無理になってしまうのだが、「今日一人だけどどうしよう」と迷っている時に週2という壁があることで自分を抑えられるのはすごく良いなと思う。酒は飲めるけど飲まないという状態が一番良い。

こんな感じでやれることをやっているがどうしようもない物もいくつかある。例えば睡眠時間は最近明らかに短くなったと思う。大体7時間か7時間半ほどで目が覚めてしまうし、最後の方は眠りが浅いからか大体悪夢を見ている気がする。ランニングのしすぎのせいか膝も痛い。でも太るのも嫌だからランニングはやめたくない。元々広めのデコもさらに広くなった気がする。旅行もそうだが若いうちにできることはさっさとやって逃げ切りたいなと思う。

伊藤潤二/富江

伊藤潤二富江展に行ったことがなぜか記憶に強く残っている。多分この日が今年で一番精神が終わっていたからだと思う。富江という漫画自体もかなり好き。富江はいわゆるfemme fataleという部類に入るのだが、男を手玉に取るだけではなく思い通りにいかないと癇癪を起こしたり動揺したりする人間らしい部分があるのがキャラとして面白いなと思う。

千年女優

今年見た映画だとこれが一番良かった。今でもありありと思い出せる。パプリカやperfect blueもみたがこれがダントツ。構造は入り組んでいるがその分ストレートなセリフが突き刺さった。この映画以外だと「シティオブゴッド」、「どうすれば良かったか?」が良かった。

Twitterの人たち

去年まではTwitterを友達もしくは有名人やイラストレーターなどをフォローするのに使っていたが今年はTwitter上での変な人たちを追っかけるようになった。

借金が三百万を持っていて10歳ほど下の会社の同期の女の子に「死ぬ前に一度デートというものがしたかった」とLINEを送る人、新卒入社3日ほどで会社を辞めその後もいろんな会社の入退社を繰り返す人、結婚を考えていた彼氏に別れを告げられたすぐ後に別の女にその彼氏を取られた恨みで何年間もその二人に粘着し続けている人などいろんな人がいる。

多少フェイクや盛りが入っているんだろうなとは思うがバズって認知される前から同じようなツイートを続けているため丸ごと嘘というわけではなさそうなのが面白い。2chの釣りスレとは違い歴史がある。

こういう人たちは本当に同じようなことをずっと繰り返している。入退社を繰り返すのはその典型例だし、彼氏を取られた人はもう彼氏への未練がなくなってきたと言った三日後には彼氏への怨嗟を書き綴っている。それ自体はまあそういう人なんだろうと受け入れられるがそれにリプライしている人も毎度毎度同じようなことを書いていて怖くなってくる。お前らの方がおかしいんじゃないかと思えてくる。まあそれをずっとみてる僕も大概か。

音楽

去年もそうだが最近はYoutubeばっかり見ていて音楽のみを聞くことが減ってきている気がする。その中でも聞いていたものはなんなんだろうと振り返ってみると今年は洋楽よりは邦楽をよく聞いていたらしい。Pastastaの新譜、Glansの1st、音速ババアの海中トンネルを特に何回も繰り返し聞いたようだ。確かにここら辺は曲の間が繋がっておりアルバムを通して聴きやすかった気がする。あとはピーナッツくんの新譜、元Black Midiのgeordie greepのThe New Sound、折坂悠太の平成もすごい良かった。

あとは知り合いとライブに行くことが今年は多かった。野尻とSuperchunkのライブに行ったり古橋とPastastaのライブに行ったり他の友達とフジロックに行ったり、会社の人とアラバキロックフェス行ったりした。友達と合わせてライブに行くという当たり前のことをようやく身につけつつある。僕の人生は僕が人間になっていく過程。

マチアプ

先ほどTwitterの人に同じことを繰り返しているとか言っといてなんだが、自分も毎年毎年マチアプを入れてはやめを繰り返している。ただ働き始めて3年目にもなると年収である程度戦えるようになってくるのと会社でいい写真を撮ってもらえたのでマッチする率がかなり上がった実感がある。ただそれで事態が好転するかというとそうでないのが恐ろしいところで振ったり振られたりをひたすら繰り返しているだけで何も前には進んでいない。無限地獄。

正直振られる方が楽というか、そちらは自分が2,3日死にたくなれば済むだけの話なのだが、振る方は非常に気分が重い。自分が振られる方の気持ちを十二分に理解しているだけに相手にその重荷を背負わすのが苦しくて仕方がない。「お前は何様のつもりなんだ」と頭の中で反芻する。ここまでうまくいかないとなるとスペックの問題ではなく自分自身のもっと深い部分の問題なのではと思い出しておりそれが一番怖い。自分に幸せになる資格があるのか自分自身に問う日もままあるが足が動く間は一歩一歩進めればと思う。

冷笑

いつの間にか冷笑という言葉が流行り出していつの間にか絶対悪のように扱われるようになっていることにずっと違和感がある。僕がまとめサイトにどっぷり浸かって来たから冷笑仕草に馴染みがあるというだけなのかもしれないが。そもそも冷笑とはなんなんだろうとずっと考えている。

仮に冷笑という言葉の定義を「何かに真剣に取り組んでいる人を一歩引いた視点から馬鹿にする行為」だとしてみる(そんなに違和感はないと思う)。これはすごく悪いことのように思え、実際みんなもこういう意味合いで使っているように思うが、自分的にはこれはフレーミングの問題じゃないかという気もしている。

真剣に取り組んでいるというと聞こえはいいが、特定の民族を日本から追い出すために活動している人たちや陰謀論じみた言説をネット上に撒き散らしている人たちも「何かに真剣に取り組んでいる」ということはできて、そういう人たちに皮肉や嫌味をいうこともこの定義だと冷笑という言葉に入ってしまう。ただ冷笑という言葉を使っている人はあまりこれには同意しないのではないかと思う。実際全てのことに真剣にぶつかることは人間できなくて、そこまでのリソースはないけど自分がおかしいと思うことに対して皮肉という手段を取ることはそこまで責められるようなことではないと思う。

おそらく冷笑という言葉の意味合いには「何か"正しいこと"に真剣に取り組んでいる人を一歩引いた視点から馬鹿にする」といったような「正しい」や「良い」のような修飾語が潜んでいて、それは恣意的というか人によって判断が分かれることなのに、それが絶対的な悪として使われていることに納得がいかない。冷笑という言葉を使った時点で自分がいいもので相手が悪者という構図を言外に相手に押し付けている。こういう強い言葉は便利な言葉でもあり、それが社会に浸透していくのはなんだかなあと思うが、「ルッキズム」の時も原義が生き残ることなんてなかったので仕方ないんだろうなと思っている。

テレビ

松本人志が終わってからテレビを見る頻度がぐっと減った。単純にガキ使などを見なくなったのもあるが、一つの時代が終わったのを感じている。スキャンダル自体に関してはそこまで驚きはないというか、聖人君子ではないのを知ってるのであれくらいのトラブルは起こるだろうと思っていたが、その後の対応が本当に終わっていて残念だった。あんだけ宮迫の動向を見てながら自分も二択を間違え続けるのが本当に松本人志という時代の限界なんだろうなと感じている。

ただ振り返ってみると面白いものは結構あったなと思う。水曜日のダウンタウンの高野ドッキリ、名探偵津田。ゴッドタンの東ブクロイかせてよ裁判。旅猿マカオでダイアンが部屋に文句いう回。テレビ千鳥の秋の林間学校、くりぃむナンタラのミニスカート陸上呂布回、脱力タイムズの尾形vs永野など粒揃いだった。ただ新しくて強い番組はもうあんま出てないような気もする。バラバラ大作戦が本当に終わっているというか試みは悪くないのに結局何も生き残れないのが勿体無いなと思う


 

こんな感じかな。まあ正直まだまだ書こうと思えば書けるがかきゃあいいってことでもないので今頭の中にあるものを書き出せたくらいで十分かなと思う。ただそうなると1月の頃とかなんも出てこなくなっちゃうから上半期下半期に一回ずつくらいやるのがいいんかもな。

ここまで読んでくれた人にせっかくなのでいっておくと12月末くらいに久しぶりに彼女ができた。結局マチアプとは関係のないところでできた。どうなっていくのか自分自身わからんが来年も楽しくやれればいいと思う。気づいたら27歳も半年くらい終わってしまった!

 

転職します

タイトル通り転職するという話です。2024/07/01付で所属が移ります。

本来人様にお話しするほどのことでもないのですが、以前書いた就活エントリのアクセス数が割と多いので適宜アップデートしておいたほうがいいかなと思い書いている次第です。

ただ転職といっても、同じグループの新しくできた会社に転籍するというだけなので特別転職活動したというわけではないです。有益な情報は何もなし。すんません。

新しい会社では大規模言語モデル周りをやっていこうという感じで前の会社でやっていたことの延長線上になるかなと思います。この生成AIの波に乗っかっているのか流されているのかは分かりませんが溺れ死なないようにもがいていければと思っています。

前の会社や新しい会社の具体的な名前はここでは出さないですがTwitterアカウントの方では普通に名前出してるので気になる方はそちらをみていただければと思います。なおさらここで名前を出さない意味がわからないですね。つまらない意地。でもGOTITもUMBでつまらない意地がないラッパーなんてはなっから興味ねえわっていってたので。

せっかくなので前の会社の良かった点をいくつか挙げておくことで新しい会社が潰れた時のために媚びを売っておこうと思います。新しい会社と比べてどうとかではなく単純に前の会社で好きだった点です。合併前の話が主なので今どうなってるのかはあまりわかってないですがまあ参考にしてください。

リモートが許されている

これはかなり大きいです。僕は出社があまり好きではないので週2週3で来いと言われたらかなりのストレスになってしまうのですが、出社を強制するような空気は一切なく最高でした。もちろん職種にはよると思いますが、合併以降もそこら辺は緩い印象があります。転籍後もそうであって欲しいものですね。

評価がちゃんとしてる

僕が適当なだけかもしれませんがあまり自分の評価に対して強い不満を抱いたことはありませんでした。特に最初の1年くらいは社としての儲けに直結するような貢献があったわけではなかったのですがそれなりに評価されたり昇給もあったりなどありがたい限りでした。これは上司の方が頑張ってくださったのだと思います。全体として評価に関して理不尽だなと思うことはそこまでなかった気がします。

何かしらやることがある

メガベンチャー相当の規模の会社なので、どこからともなく企画が立ち上がって話が回ってくることがちょこちょこありました。なのでやることなくて困るということはあまりなかった気がします。会社全体の風土として失敗することよりトライすることを評価するというものがあり、それもあってバンバン企画が生まれては消えていっていた気がします。

忖度が少ない

僕が下っ端だからそうだっただけな気もしますが、偉い人の顔色を伺って気持ちを汲み取らなくてはいけないみたいなことはあまりなかった気がします。お互いいうべきことをきちんと口に出して議論するというのは健全で良いですね。僕は忖度苦手というかできないタイプの人間なのでオープンな文化というのはすごくありがたいです。

マッサージが受けられる

びっくりするくらいストレートネックなので首周りが凝る事が多いのですが500円くらいで40分ほどのマッサージを受ける事ができたのですごくありがたかったです。そのほかにも色々と福利厚生は整っている印象があり、ちゃんとポイ活などすれば年間10万円くらいセーブできるんちゃうかという気もします。

 

こんな感じです。今書いていてやっぱそこまで不満はないなと思いました。働きやすいけどやりがいもあっていい職場だったと思います。じゃあなんで新しいとこに移るんだと自分でも思いますが。せっかくのチャンスだからやってみよう的な気持ちがあるのかも。でもわからん。給料が多少上がったから目が眩んだだけかも。自分の気持ちが一番難しいですね。また何年後かに答え合わせしましょう。

 

スキンケアを始めて思ったこと一覧

アプリで会った子に「部屋と肌が汚い」と言われて振られたのをきっかけにスキンケアを始めた。初心者も初心者なのでハズレをひきたくなく、とりあえずプロアクティブを買ってやっている。僕は医薬部外品しか信じていない。

始めてから今日でだいたい3,4ヶ月ほど経ったので思ったこと一覧を書く。

 

  • 正直何も変わっていない気がしている。よくなったか?と思う日もあれば悪くなったか?と思う日もある。
  • 右頬に長年居座り続けているニキビが7つほどあり、北斗七星みたいな位置関係にいるので僕はそれらをそう呼んでいるんだけど、ケアを始める前も今も右頬で凛々と輝き続けている。
  • プロアクティブの公式サイトでは肌の細胞は平均的に28日で入れ替わるからそれくらいで効果が出だすと書いているんだけどもほんまかと言う気持ちになっている。でもまあそうなんだろうなと思う。医薬部外品だし。
  • 効果出てないんだから他のを試せばいいのではとも思うがそこまではやる気がない。本当に効果を出したいのではなくてやってはいるという言い訳ないしは安心が欲しいのだと思う。

 

  • 化粧品に関する検索をしたからか(関係ないかもしれないが)TVerのCMでメンズスキンケアに関するものが多く出てきて辟易する。メンズ向けのものは仕事でライバルに差をつけろみたいなものが多く、めちゃくちゃルッキズムだなと思う。今使われている広めの定義のルッキズムではなく、本来仕事に関係ないはずの見た目の話を仕事の話と直結させていると言う点で原義的なルッキズム
  • 脱毛やメンズケアは人がやっている分には好きにやれと思うのだが、自分がやるとなると正直まだ抵抗がある。自分がそういうものに加担することによって社会全体で脱毛やスキンケアが標準装備となることに賛意を示していることになるのではと思ってしまう。
  • やらなくても良いけどやっても良いみたいな社会が本来あるべき姿なんだけど、実際はやらないとダメでやったとしてもそれはスタートラインに立っただけみたいなことになるんだろうなと思っていて、それに自分が与しているのが少し自己嫌悪になる。
  • まあでももうとっくになっているのかもしれない
  • なんだかんだ言って僕もやっているわけで、個人レベルで抗うことに意味はさほどないのかもしれない。人間は生まれた時にあるものを当然だと思って25歳までに生まれたものを新しいものと思いそれ以降はいらないものと思うみたいな話もあり、それの延長線上なんだろうな。

 

  • 説明書の通り朝夜の2回ケアしている。夜は風呂に入るタイミングで一緒にやれば良いので楽だが朝が面倒くさい。
  • 洗顔料は顔を洗うタイミングで一緒にやれば良いのでこれも楽だが、その後乾かして美容液と保湿液をつけるのが面倒。ただ段々ルーティーン化してきたので面倒という感覚も無くなって来ている。やるか忘れてやっていないかのどっちか。
  • これは本当に僕のよくないところなんだけど、こういう面倒な作業を「みんなこんなことをやっていて偉いな」ではなくて「やってみれば意外とできるもんだな」と思ってしまう。ポテトサラダも自分で作った方が美味しいだろとまだ思っている。やめようね。
  • 美容液つける前にどれくらい肌を乾かしといたほうがいいのかいまだにわからない。濡れていると成分が滑り落ちていってしまうような気がするし、でもちょっと濡れてるほうがなんか浸透しやすいような気もする。

 

  • 始めた当初は他の人の肌の荒れ具合も気になるようになりこういうのが一番嫌だなと思っていたが、しばらく経つと一周して何も気にならなくなってきた。

 

  • 「令和ロマンのくるまが金持ちの飲み会に呼ばれてそこでいたAV女優とめっちゃ話してたが、実はそれはスキンケアについて熱く語り合っていただけだった」というエピソード、どういうジャンルのエピソード?とずっと思っている

 

  • プロアクティブには洗顔料、美容液、保湿液の他にクレイマスクという塗るタイプのパックがあり、それを2,3日に一回くらいつけている。風呂に入っているタイミングで塗って3,4分ほど待って洗い流すのだが、その待ち時間は割と好き。ただいるだけで"良く"なっていっているように思える。"良く"なりたい。
  • いつの間にか日常に定着しつつあるが最終目標などは特になくただダラダラと続けている。他の人と話し合えるほど知識があるわけでもなく、おすすめなどされてもそれはそれで面倒だなと思ってしまうかもしれない。自己満足というほど満足しているわけでもない。ボールが重力に従って坂を転がり続けているような感覚。意志があるわけではなく慣性があるのみ。
  • とりあえず年内くらいまでは続けてみようと思っている。最近酒を週2くらいまでに抑えていこうとも思っており、合わせて生活のマイルストーンにできればと思う。